『はじめの一歩』 / by Yuki Takai

現在開催中の「3331 Art Fair 2015 ‒Various Collectors' Prizes‒」。
昨年からアップデートした点のひとつに、『はじめの一歩』というものがあり、コレクターが初めて作品を買ったときのエピソードがパネルに掲示されている。僕のエピソードも載せてもらっているけど、構えてしまいがち、遠く感じがちな「コレクター」という存在に対して、なんとなく「別にみんな初めて買ったときはドキドキしながら買った普通の人なんだな」と思ってもらえるひとつのきっかけになったらいいと思う。

自分自身、コレクターというくくられ方はまだしっくりはこないけど、僕の場合の「はじめの一歩」をここにも載せておく。


この時のことはよく覚えている。ウィスット・ポンニミット(タムくん)の『I hear your heart beat』というリトグラフ。

ちょうどその前年に、あるイベントで若手のアーティストと話す機会があった。
もともとアートは好きだったけど、歳の近い作家が、生活をかけて好きなことに打ち込んでいる姿と、決して楽ではなくても、「やっぱりゆくゆくは作品一本で食べていけるようになりたいですね」なんて笑って話すのを聞いて、理屈抜きにいいな、応援したいなという気持ちがはっきり輪郭を持った気がした。もっと自由に、軽やかにアートを買える状況を作れたらと思った。

でも、そのときもそれまでも、自分でアートを買ったことはなかった。
それがちょっと、ずっと、引っかかっていた。

だから、4年前の年始、小谷元彦展を見た帰りに、森美術館に併設されたショップでそれを見かけたとき、これは新しい年の始めの買い物に相応しい、素晴らしい思いつきだと思った。

それでも、いざ決心するまでに随分悩んだ。
シャツや靴を買うならそれほど躊躇わない、1万円程度のちいさな版画なのに。
意を決して店員さんに声をかけると、丁寧に梱包して、手渡してくれた。僕はお金を払い、それを手に持って店を出た。
なんてことはない。それだけだった。買えてしまった。

あれだけ悩んでいたのが嘘みたいなあっけなさと同時に、なんとも言えない達成感があった。
シャツや靴にはない、なんだかとてもいいお金の使い方をした気がした。いい気分だった。

家に帰って飾る場所を考えながら、しみじみと、エディションとは言え、一点しかない作品を所有できる嬉しさと、でもどこか作家から預かったような緊張感とが混じりあうような、不思議な感覚を何度も思い出すように味わった。
さっき払った一万円の幾ばくかは、巡り巡ってあのアーティストに届くんだよなというリアルな手触りがあった。
こんなに「物を買う」という行為を意識したことはちょっと記憶にない。

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